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心が当たるのか、事象が当たるのか

占いの結果で、たとえばAさんがBさんにとっては良くない相手だというような表示が出るとする。

そして、現実的にAさんはBさんとこじれたとする。

 

こういうことが起こって、こういう占断を目にしたとき、占いに対して2つの受け取り方があり得ると思う。

 

一つはこれである。
AさんとBさんは、もともとの性格的な相性に問題があるのだ。
AさんはBさんを困らせる相手なのかもしれない。AさんがおしゃべりなのがBさんには癪に障るのかもしれない。逆にAさんが心を閉ざしていて、Bさんはいらいらするのかもしれない。
AさんとBさんがその性格的違いでぶつかった当然の結果としてこじれたのだ。

一方でこういう考え方もできる。
実はAさんとBさんは性格的には別に悪い相性ではないのだ。性格的、あるいは肉体的とか、趣味が一緒とか、相性は良いのである。だが、相性がいいにもかかわらず、あれやこれやでたまたま不幸にも仲たがいが起こってしまった。多分その不運がなければ、本来この二人はうまくやっていけるはずの人なのだ。
占いが良くない相手だというのは、性格が一致しないというのではなくて、そのこじれた結果、その事象を持って悪いというのだ。

 

我々が占星術に対して持っている一般的な印象は前者、つまり、占星術は性格や心を当てるのだ、という考え方だと思う。
しかし、自分の感じ方では、占星術は後者の色合いのほうが強いような気がする。というか、後者も含めてあたる、全般的な状況が当たる、という感じに近いように見える。

よく言われる、悪いことをしちゃったけど「実はこいつは根はいいヤツなんだ」というのですよね。占星術が常に「根がいいヤツだ」としか言わないわけではない。「こいつはいいやつだけど、期せずして悪いことをする、悪いことに巻き込まれる」という側面を常に言っていると思う。

世界観として、それって受け入れにくいことだと思うんです。こころが左右されるんだ、当日サイコロが六が出るか五が出るかは、わかるわけないじゃないか。でも、占星術はその日六が出るという。なぜかはわからない。

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