まずは、マタイの福音書から天国について有名なたとえ話を3つ抜き出してみる。訳は日本聖書協会の口語訳です。もしあなたが適当な聖書があって自分で開いてみられれば、近隣にもっと天国について書かれているのを発見するだろう。場面や文脈や解釈やいろいろあるわけだが、とりあえずはこれで十分だと思う。
「種まきの譬え」
マタイ13章
3.「見よ、種まきが種をまきに出て行った。4.まいているうちに道ばたに落ちた種があった。すると、鳥が来て食べてしまった。5.ほかの種は土の薄い石地に落ちた。そこは土が深くないので、すぐに芽を出したが、6.日が上ると焼けて、根がないために枯れてしまった。7.ほかの種はいばらの地に落ちた。するといばらが伸びて、ふさいでしまった。8.ほかの種はよい地に落ちて実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍になった。9.耳のあるものは聞くがよい。「花婿の譬え」
マタイ25章
1. そこで天国は、十人のおとめがそれぞれあかりを手にして、花婿を迎えに出て行くのに似ている。 2. その中の五人は思慮が浅く、五人は思慮深い者であった。 3. 思慮の浅い者たちは、あかりは持っていたが、油を用意していなかった。 4. しかし、思慮深い者たちは、自分たちのあかりと一緒に、入れものの中に油を用意していた。 5. 花婿の来るのがおくれたので、彼らはみな居眠りをして、寝てしまった。 6. 夜中に、『さあ、花婿だ、迎えに出なさい』と呼ぶ声がした。 7. そのとき、おとめたちはみな起きて、それぞれあかりを整えた。 8. ところが、思慮の浅い女たちが、思慮深い女たちに言った、『あなたがたの油をわたしたちにわけてください。わたしたちのあかりが消えかかっていますから』。 9. すると、思慮深い女たちは答えて言った、『わたしたちとあなたがたとに足りるだけは、多分ないでしょう。店に行って、あなたがたの分をお買いになる方がよいでしょう』。 10. 彼らが買いに出ているうちに、花婿が着いた。そこで、用意のできていた女たちは、花婿と一緒に婚宴のへやにはいり、そして戸がしめられた。 11. そのあとで、ほかのおとめたちもきて、『ご主人様、ご主人様、どうぞ、あけてください』と言った。 12. しかし彼は答えて、『はっきり言うが、わたしはあなたがたを知らない』と言った。 13. だから、目をさましていなさい。その日その時が、あなたがたにはわからないからである。「タラントの譬え」
マタイ25章
14. また天国は、ある人が旅に出るとき、その僕どもを呼んで、自分の財産を預けるようなものである。 15. すなわち、それぞれの能力に応じて、ある者には五タラント、ある者には二タラント、ある者には一タラントを与えて、旅に出た。 16. 五タラントを渡された者は、すぐに行って、それで商売をして、ほかに五タラントをもうけた。 17. 二タラントの者も同様にして、ほかに二タラントをもうけた。 18. しかし、一タラントを渡された者は、行って地を掘り、主人の金を隠しておいた。 19. だいぶ時がたってから、これらの僕の主人が帰ってきて、彼らと計算をしはじめた。 20. すると五タラントを渡された者が進み出て、ほかの五タラントをさし出して言った、『ご主人様、あなたはわたしに五タラントをお預けになりましたが、ごらんのとおり、ほかに五タラントをもうけました』。 21. 主人は彼に言った、『良い忠実な僕よ、よくやった。あなたはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ』。 22. 二タラントの者も進み出て言った、『ご主人様、あなたはわたしに二タラントをお預けになりましたが、ごらんのとおり、ほかに二タラントをもうけました』。 23. 主人は彼に言った、『良い忠実な僕よ、よくやった。あなたはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ』。 24. 一タラントを渡された者も進み出て言った、『ご主人様、わたしはあなたが、まかない所から刈り、散らさない所から集める酷な人であることを承知していました。 25. そこで恐ろしさのあまり、行って、あなたのタラントを地の中に隠しておきました。ごらんください。ここにあなたのお金がございます』。 26. すると、主人は彼に答えて言った、『悪い怠惰な僕よ、あなたはわたしが、まかない所から刈り、散らさない所から集めることを知っているのか。 27. それなら、わたしの金を銀行に預けておくべきであった。そうしたら、わたしは帰ってきて、利子と一緒にわたしの金を返してもらえたであろうに。 28. さあ、そのタラントをこの者から取りあげて、十タラントを持っている者にやりなさい。 29. おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。 30. この役に立たない僕を外の暗い所に追い出すがよい。彼は、そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう』。
長々と引用したが、これらの話の中ではいくつかの共通のパターンのようなものがあることに気が付かれると思う。
僕だか植物だか乙女だか、とにかく私たちを指していると思われるものは、主人から預かった何かを増やしたり、キープしたりしないといけない。それは一生懸命増やすものでもあるかもしれないが、しかし植物が大きくなるようにいつの間にか増えているということも強調されている。
それが十分な量増えた場合、何らかの結果が出た場合に、主人が帰ってきてそれを評価し、もっと大きなものをくれる。
植物が成長して実をつけるということ、僕がタラントを稼いで倍にすること、油をキープして灯を灯し続けること、これらは同じ事柄を指しており、いつ来るかわからないご主人の来訪、ないし帰還について、いつも我々が用意していなければならない事柄である。
では、そのタラントとか油とかいわれているものは、いったい何だろうか。まさにそれを増やして実がなって、主人がもっと大きなものを任せてくれるということが、福音書の言う「天国」である。何を増やせばいいのか。