不謹慎は分かっている。沖縄の人には反感もあるだろう。
だけど、首里城なんて再建する価値があるのか?
どうしても疑問に思うことをこの際言っておきたい。
沖縄の人が首里城を大事に思うのは当然だと思う。
だけど、あまりにも簡単に焼けた。なんでも、何十年にもわたって再建をして、今年の1月に完成したばかりだそうじゃないですか。
ええ、テレビでも見ましたよ。ブラタモリの時に首里城のうんちくを見ました。ああ、素晴らしいと思いましたよ。
なかなか入手できない木材や技術が、国内だけではなく台湾などの国際的な協力もあって得ることができた。
それがこんなに簡単に焼けた。
人々は原因探しをしているようです。国が配電盤を更新していなかった。ただ国はその内部電源を使うことを許可していなかったが、県はイベントのためにその電源を使うことを許可した。国が放水銃を1つ撤去した。県も管理を引き継いだ時に放水銃を用意しなかった。云々。
だけど、仮に発火の原因が何か特定されたとしても、これほど簡単にほとんどの建物が焼失するということは、自分はダメだと思います。
電源などの設備を新しくする。それも大事でしょう。タバコのポイ捨てをしない。それも大事かもしれない。しかし、それでは燃えます。誰かがタバコを吸うかもしれない。誰かが電源につなぐコードの一部を規格外のものにしてしまうかもしれない。ネズミのうんこでショートするかもしれない。
本当に大事なものなら、第2、第3の防御策というものが考えてなければならない。不測の事態というものは常に起きうる。ぼやが起きたが、柱が焦げただけで済んだというのか。柱は燃え北側だけ燃えたがそこですんだというのか。本殿は燃えたが北殿や南殿の延焼は免れるというのか。
ごらんなさい、全部燃えちゃったじゃないですか。
そういうことがなければ、また燃えます。配電盤を新しくして、その年のうちに燃えなかったとしても、10年、30年経つうちにどうせ燃えます。無駄ですよ。
子どもに高いおもちゃを買ってやったけど、その日のうちに壊してしまいました。すぐにまたお金を用意してやりますか?それはおかしいと思う。
沖縄で産まれ、育った者です。
私は火事で焼失した首里城をTVで見た時に、あるべき姿に戻った。と感じました。
そもそも、人間が起こした身勝手な戦争で一度は焼け落ちたお城なんです。 再建した所でお城自体に歴史的価値があるのか、と小学生の時から感じてました。誰も住んで居ない。ピカピカの張りぼて。私が社会見学で見た首里城の感想です。(職人さんすみません)
私の職場には、台風19の被害支援募金箱が設置されてたのですが、いつも底が見える位にスカスカ。箱には1円、5円、10円が目立ちました。 首里城が燃え、3日も経たずに、募金箱のラベルが張り替えられ(中身の入れ替えなし)首里城火災義援金の箱に、すると一週間も経たないうちに箱は一杯に。しかも、千円札が結構入ってるんです。
東日本大震災の時も、飢餓に苦しんでる国への支援金の時も。何ヶ月経っても一杯にはならなかった募金箱。レジの横で忘れ去られた様に埃を被ってた募金箱が、一週間足らずでズッシリと満杯に。
首里城に誰が住んでいるというんでしょうか? 首里城の屋根が無くて誰かが濡れたり、飢えたりするのでしょうか? 私はどうしても、首里城再建!と熱い想いにはなれないのです。
戦争とは何もかも壊すもの。人間が作ったものなんて儚いもの。ケバケバした赤いお城が再建される前の首里城跡地は、
「ひとえに、風の前の塵に同じ。」
そう、幼かった私に漠然と教えてくれていた様に思います。
こんにちわ。
自分も記事を書いたものの、世間では再建一色なので、果たして皆さんはどうお考えなのだろうと思っていました。
コメントをいただきありがとうございました。
色々考えることがあります。たとえば、その、誰かが住んでいるのかということ。
寺院や教会の場合、寝泊まりしているわけではないにしても、定期的に誰かが実用的な目的で使用しています。
お経をあげるのか、神父さんがご聖体を信者さんに分け与えるのか、それに何の意味があるのかというのは使っていない人の言い分で、やっている本人は大まじめで毎日何かをしています。
誰かの出入りが常にある状態であれば、火災を発見して消し止めることもできたかもしれません。出入りの人の安全を考えてさらなる安全対策が取られたかもしれません。
多分、ほかの多くの文化遺産はそうなのです。
仰るように、実際に困っている人に対して手を差し伸べようというお考えも、なるほどと思います。
(中身の入れ替えなし)というのでは、ちょっと悲しいですね。
自分は外部の人だからわからないけれども、かつての琉球王朝の繁栄、沖縄の象徴としての首里城があってもいいのではないかとも思いますが、一方で辺野古の問題でぎくしゃくしている政府が「全力で再建」を真っ先に打ち出して、デニー知事も誓願に上がられました。その辺も、何かちょっと性急すぎるようにも感じます。