被造物だ、というのは、要するに上下のつながりがあるということを意味している。
通常の我々の概念には、要するに「俺だ」「わたしだ」「個人だ」ということだ。それだと、孤立して存在する個人のことである。
被造物だというのは、川の流れの途中だということ、変電所だということになる。
毎日、自分が見える視界の中で、何かが動くとき、そもそも「動く」ということ自体が単純な物質的な世界観では説明できず、それは神を思い起こさせる。
神のある世界では、私はバラバラで存在する独立した個人ではなく、上からの光、上からの力を受けて、工場として、変電所として、川の流れの途中にある渦として、成り立っている。
・・・ダメだね。全然ダメ。さっきまで自分で考えているときは自分が考えていることがよくわかっている。書こうと思うと、さっぱりリアルな表現に出来ない。
しかし、要するにそういうことなんです。私が被造物であるということは、生においてとてつもなく大きな意味を持つ。神を説明している中で、結局はそうなるの。