出雲弁はとても表情のある言葉だ。それは、私たちが地元にいるから、そう思っているだけかもしれないが、それでもとても味わい深い言葉であることは間違いない。
なんでも身内の者たちが関東のほうに旅行に行って、温泉に入ったらしい。そこでぺちゃくちゃと出雲弁で会話していると、「どこからいらしたのですか」と聞いてくる人がいて、島根県だと答えたところ、「いいですねえ、自分のところの言葉があるのは」とうらやましがられたのだという。
そういうことは、事実沢山あるのです。
しかし、最近思うのだけれど、それだけではダメなのである。
言葉というのはコンテンツがあって初めて意味がある。
古典ギリシャ語には、アテネを中心としたアッティカ方言だとかイオニア地方つまり小アジア半島、現在でいうトルコの西海岸でつかわれていたイオニア方言だとか、さまざまな方言が存在した。
イオニア方言、いい言葉だねえ・・・と言っても、今それを使って話をしている人はいない。所詮方言など歴史の中では山のようにあって、別にそれ自体がありがたがって残されるようなものではない。しかし、それが残っているのは、ヘロドトスがイオニア方言で書物を残したからなのだ。
仏教で言えば葬式の時の修証義のようなもの、あれを出雲弁で唱えたら、出雲弁は残るかもしれない。あるいは平家物語を琵琶法師が語ったように、ギターで太平洋戦争の戦死者の霊を慰める語り部がレイテ沖海戦の一部始終を歌ったら、その言葉は残るかもしれない。