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小泉八雲旧居

レフカーダ島、小泉八雲が生まれた場所には、それにまつわる場所が用意されていて、単に歴史が見られるというだけはなく、ギリシャの人々は特別のイベント期間を設け、日本語を勉強しているらしい。

自分は実は毎日若い時、この小泉八雲旧居、この辺でいう「ヘルン旧居」のすぐ近くを毎日学校へ行っていたわけだが、実は一度も入ったことがなかった。さすがに、「怪談」とかは子供のころから読んでいて、何も知らないというわけでもないのだけれど。

ギリシャ語の試験を受けた時に、島根県でギリシャ語が喋れるなら、ひょっとしたらそういう方面でのお手伝いができるかもしれないから、市役所にあいさつに行っておいたら云々ということで、少し前に松江市役所を訪ねた。定期的な交流などがあるわけではないが、ギリシャ大使が新しく赴任したときなどは必ずおいでにはなるのだそうだ。

それで、今日、部屋にバルサンを焚くために出かけなければならないという事情もあって、そういうことならせっかくだからヘルン旧居と記念館に行ってみようと思い立った。

 

一通り内部を歩きました。いろいろなことが新しくもあったが・・・

この人は、ギリシャのレフカーダで生まれて、すぐにイギリスに行き、ギリシャ人のお母さんは異国の地で精神を病んで離婚してレフカーダに帰った。そして、イギリスで学んだが後ろ盾の祖母の破産でアメリカに行き、そこでジャーナリストとして生計を立てるうちに日本にやってきた、ということだった。日本に来てからのことはいろいろ聞く機会もいままであったのだけれど。

つまり、実はあんまりギリシャらしいものはこの人にはないのです。イギリス、アイルランド、アメリカ、日本。彼の遺産は、要するに日本を西洋に知らしめた、ということ。彼が描写し愛し残したものはひたすら日本なのです。
そしてその著作は当然のことながら英語で、英語だったからこそ世界に広まったのだ。

それは素晴らしいことなのだろうけれど、自分のテリトリーと少し違うとは思う。
彼がもっと色濃くギリシャ人としてのメンタリティーを持っていたら、多分こうはならなかった・・・ギリシャはギリシャで豊饒な精神的な遺産がある。多分彼はそれを知らなかっただろうと思う。聖大ワシリイが正月に家々を訪問する?それがあれば、日本だけ素晴らしいということは彼は言わなかっただろう。

当然のこととして松江側としては、ヘルン関係者でギリシャ語を勉強しようということにはならない。ギリシャ側はあんなに頑張ってるのに・・・と思ったが、それはそうなるしかない。

 

まあ、ですけど、それは本当は私がやってないといけない仕事ですよね。彼はギリシャで生まれはしたが、英語圏の人間として日本を愛した。ギリシャのいいところをどうこうというのは、ギリシャを愛する外国人がやるべき仕事で、それはもっとお前がやれよ、という問題だもの。

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