先日、大雪が降る前、ちょっとしたイベントがあって母を連れて浜田へ出かけた。というか、母が行きたくて、自分はドライバー役ですかね。
以前、妹が浜田で勤務しているとき、両親が妹の子供たちの面倒を見るために頻繁に浜田方面に出かけていたのだ。だから、浜田方面にいくのは、母にとっては楽しいことなんです。
そこで用事が済んで、帰りにコーヒーでも飲んで帰ろうというので、一緒にコーヒーを飲んだ。田舎としては、なかなかうまい店だと思う。
父がいる頃、妹のところに行って、帰りに
「コーヒーでも飲んかね?」と聞くと、父は「のんじ」と言って、一緒にコーヒーを飲んで帰ったという話を聞いた。
この「のんじ」というのは、多分他県の人が聞いたら、何が何だかわからないだろう、といって二人で笑った。
「じ」だか「ず」だかわからない発音のこの接尾語は、共通語でいう「ぞ」に近い、自分の意志はそうだけど、それでいいか、という確認をするような意味を持っている。「いいよ、飲むよ。」という意味なのだけれど、「ぞ」と違うところは、そのあとに「ね」がついたりすることだ。
つまり「飲んじね」みたいな表現があるのです。女性が使うかなあ。ええ、もちろん飲みますよ、みたいな。
関西から田舎に帰ってすぐのころ、正月か何か人の集まるときに、ご飯の用意ができたから炬燵にあたっている人を呼んできてくれ、という場面があって、自分もそろそろだな、と思っていたのだけれど、父が「おい、ままだじね、と言ってきてごいた」というわけです。
「ごす」は「くれる」という意味で、「言ってきてごいた」は言ってきてくれ、ということ。「まま」はご飯の意味です。「ご飯だよ、と言ってきてくれ」ということなのだが、「ままだじね」も、これはもうわからんよ、ほかの土地の人には。
ですが、なかなかこういう出雲弁を喋る人は少なくなってきていると思います。