ギリシャ語のイプシロン、Υ,υの文字なのですが、プラトンとかソフォクレスの時代のいわゆる古典語では、フランス語のuと同じ「ウの口の形でイを言う」音でした。日本語ではユと音写されることが多いかな。「ヒュポクラテス」とか。そしてコイネーでは「イ」に変わってしまって、それ以降は大体「イ」として扱われます。
たとえば
リズム ρυθμός
タイプ τύπος
ハイブリッド υβρίδιο(雑種)
などがそうしたギリシャ語の単語です。イという発音か、英語を経由してアイという発音になって日本語にもたらされています。
ところが、日本聖書協会の口語訳聖書では、このイプシロンに該当する音をすべて「ウ」と考えて音写しています。
社会科の歴史の授業でペルシャの王でキュロス(Κύρος)というのがでてきますが、これがギリシャ語のイプシロンです。ところが日本聖書協会の口語訳聖書を読むと「クロス王」と書いてあります。自分が最初読んだときは、違和感があって「どうやらこれは同一人物のことを言っているらしい」というのは後から少しずつわかったという感じでした。
Κυという綴りをする代表的な表現では、Κύριε ἐλέησον(キリエ・エレイソン)とか、Κύπρος(キプロス、サイプル)のようなものがあります。いずれも一般的には「キ」と音写されています。「クリエ」とか「クプロス」というのを聞いたことは私はありません。
まあ、アホが訳したんだろう(失礼)ぐらいな感じに思っていたわけですが、最近επιθυμία(エピシミーア、欲望)というのを、執拗に「エピスミア」という人がたくさんいることに気が付いて、なんでそういう発音をするのか疑問に思っていました。
この綴りでヨーロッパに入ると、たとえばフランス語でepithymie(エピチミ)、英語でepithymy(エピサイミー)となるのが普通で、実際そうした単語はヨーロッパの言語にはあるようです。
歴史的な流れで考えると「エピスミア」には絶対なりませんよ。
しかし、英語の単語でyではなくてuと書いて「epithumia」という形で使われる単語があることがわかってきました。英語のネイティブの発音で「エピスーミア」みたいなことを言っているのです。
Web上を探すと、ギリシャ語の辞書があってΚύροςをKyrosではなくKurosと綴って「クロスと発音するのですよ」と音声まであるのを発見しました。
おい、ちょっとやめてくれよ。
多分アメリカに渡った聖書主義者が独自の研究で「ウ」にしたのではないかと思うのですが、それでも最終的に誰がイプシロンを「ウ」と言いだしたのかは、わからずじまいです。それで英語から入ったプロテスタントの人たちが「ウ」と言っていて、まるで彼らはそれが当たり前だと思っているらしい。