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信じなければならない (4)

信じるということは、夢や眠りが、一つのバロメータになる。

実際多くの信仰の話は、夢がその舞台になっていることが多い。夢の中で、大方神様とか仏様とか天使とか、そういう誰かが現れて、起きてみると信じられないような奇跡が起きていた、とか何とかそういうパターンである。

深層意識みたいなのがあって、そこの何かが重要、というのは多くの人が漠然と感じていることだろう。
そして、多くの場合その領域に普通の人は手を出すことができない。霊能者だとか、催眠術師だとか、宗教家だとか、誰かほかの人の手を借りたり、案内してもらって、「ま、そういうこともあるかもしれないな」と思うぐらいのことだ。あるいは、そういうことを全く拒否してしまう人もいる。

夢に対してコントロールできるというのは、一見不可能なように思える。あるいは意図して夢に入る、というようなこと。「じゃ、今から夢を見ま~す!」と言って、すっと、こう、夢の光景に入っていける。あり得ないように思える。

しかし、いわばそうした能力こそが、いわゆる「信じる力」である。

 

人にやってもらうと、これは案外受け入れることができる人もいると思うのだ。
自分は最近催眠誘導なるものをしてもらう機会があった。そうすると術師は私に言葉で指示を与え、まずリラックスさせ、穏やかな光景を思い浮かべさせ、次第に深い催眠状態に導こうとする。その時に、術師はいろいろな小道具を用意していて、それを使う。わざとたとえば階段のイメージを思い描くように指示してそこを降りていくとそこに門がある、というようなことをする。そして、術師の合図で門が開いたときに「何が見えるか」と聞いてくるのである。

本当にこれで自分は何か大事なものを見ているのだろうか?しかし、わざわざその場にならなければ見ないような光景を見ているのも事実なのだ。そして、術師はそれを被術者に意味のあるものとして解釈していく。

 

だが、もしこれが本当にそうなら、他人の手を借りずとも、自然な意識の動きを利用して、自分がそこへ小道具なしに入っていくことが当然できるのではないか?

にも拘らず、通常それは難しい。一言でいうなら「そんなの信じられないから」だ。

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