原発事故の時に早期に警戒情報を出して有名になった中京大学の武田邦彦先生は、今でもブログでいろいろな意見を発信しておられる。自分はしばらく見ていなかったのだけれど、今度はサラダ油の問題を取り上げておられた。
http://takedanet.com/archives/1040761864.html
紹介しておいてなんだが、自分は詳しいことを見ていないから、この真偽については実はわからない。この物質についても、よく理解しているわけではない。
わからないが、漠然とした疑問は持っていたのです。前にこのブログでもコメントで話題になったことがあるけど、純粋に自然に由来する油であるバターやラードがそんなに悪いものなのか、というのが自分でもある意味信じきれない部分があった。
パウンドケーキ。作る人は作る。バターと小麦粉と卵を同量ずつ混ぜ合わせて作る。そんなに悪いのか。ほぼバターの塊を食ってるみたいなもんだよね。
よくそういうことはあるんです。なんか厚生労働省の進めるEPAだかなんだか魚に由来する成分を一日これだけ摂れみたいな基準があって、コマーシャルでそういう製品を販売する会社が「魚はこれだけの量になります。これだけ毎日食べられますか?」みたいなことを言って、自分のところのサプリメントを薦める。
だけど、自然な生活でそれだけの魚を毎日食べるというのは多分不可能なのである。いやまあ、ちょっと譲って、日本で海岸近くで生活している人にはそういう人もいるかもしれない。モンゴル人は無理だ。多分ドイツ人も無理だ。長野県民も無理だと思う。そうすると、自然の生活でそういう食生活が不可能なものを、取らなければならない、と考える方が不自然だと思うのだ。
最近思うのだけれど、一度医者にかかったら、もう人生おしまいかも、と思う。ハチに刺されたから見てもらいに行ったら、「あなた血圧高いですね」とか言われて、降圧剤かなんか処方されて、それで病気になってしまうのではないか、みたいに思うのです。
だから、世間と違う意見をどうどうと言ってくれるのは、ありがたいと思う。
川島なお美さんが急死して、北斗晶さんがガンにかかった。
2人とも天中殺中のガン発症です。たった2人の芸能人のガン死で福島が汚染されていると
マスコミに蒸し返されて西洋占星術をやっている人でさえ、
こんなにガンが相次ぐのも福島のせいかもしれないという人がいる(管理人さんがたとえそうでも、
この文章の人は別にいます)
震災当時、今井雅之さんも福島宮城入りしてました。今井さんも天中殺中のガン発症急逝でした)
普通に暮らしている福島県民のことが無視されている。
当時放射能がいっぱい流れ込んできたといわれる宮城県南部も無視。
その一端を担った武田邦彦、震災前は信じていた時期がそういえばありました。
ペットボトルのリサイクルやゴミ問題のことです。ウィキペティアには武田氏にリサイクルのデータを恣意的に操作した
疑惑があり、随分批判されていたそうです。福島以外を見ても疑惑が拭えない、まじめにやっている研究者を侮蔑
するようなことばかりで自分は死んでも武田氏を「素晴らしい」とはいえそうもありません。
サラダ油で痴呆ですか、父はサラダ油の取りすぎで痴呆になったってことですか
でも、今どきの油は健康に気をつかってコレステロール0とか機能性をいろいろうたっていますが
確かに何か病気になりそうな気がします。お金持ちはオリーブ油とかえごま油とかで使えばいいんですよ
でも、川島なお美さんなんていかにもサラダ油なんて使ってなさそうだったのに亡くなってしまった。
りんねさん、こんにちわ。
いろいろお返事が遅くなっていてすみません。
そうなのですか。武田さんはあきませんか。
どの辺があかんかったのでしょうか。
その色々な目線というものがあり得ると思います。通常は、消費者の目線というのはとても大事にされる。しかし、福島の時は皆そうしなかった。そういう傾向はあると思います。
それだけ、福島に起こったことは大きなことだったということだろうと思います。消費者にとっても住民にとっても厳しい状況だった。
不快かもしれないけれど、彼の言っていることは一貫性があるし、反対されようが言いたいことは言っているという気持ち良さがあります。
芸能人はガンになってもそういえば痴呆になる人はいない。加齢した加藤茶さんは別ですが。川島なお美さんもガンであって痴呆ではない。なるほど武田氏のいう通りかもしれませんね。
自分がこの説で気持ちいいのは、動物性脂肪に対する徹底的な敵視が蔓延しているという点なのです。
ラードとかは悪い油の代表のように言われている。ですが、今どうかわかりませんが、ひところ前は飲食店で普通に使われていました。
また、沖縄県民はラードを大量に使用する。ちんすこうなどのお菓子がそうですね。
その結果、沖縄県民は寿命が短いか?というと、そうではないということは誰でも知っていることです。