一般的に長男は母に似て、次男は父に似るとか、長女は父に似て次女は母に似るなどと言われる。私の家系を見ていても大体そういう感じだ。
兄は魚が好きで、酒が好きで、割とあっさりしたものを好む。母の家系の多くのものが実際そうだ。足は大きいがどちらかというと長さが長い。これも母方の家系だ。私は足の幅が広く、酒が弱くて魚より肉がどちらかと言えば好きだ。そして父方の家系はそういう人が確かに多い。
母によると私は父の母親である祖母に似ているらしい。確かに血液型も生まれた月も一緒で、同じところが多いわけだが、母がそれを感じるのは、私が言いたいことをすっと言わないで、気を回して言うことで、またそれがいやらしいものに感じるらしい。
自分は、小学校4~6年生の時、毎朝1kmか2km、日によってはもっと長く走っていた。だんだん長距離の選手とかにも選ばれるようになった。朝6時だかになると、短パンとランニングシャツに着替えて当時は裸足で外に出て、大体すでに起きて家事を始めている母におはようと声をかけて出ていく。こうして毎朝走って体力的な結果も出したことに対して、学校の先生も評価してくれた。
ところが、それから40年後の今、そのことを話題にしたら、母は全く覚えていなかった。
母は、年の離れていない兄と私をできるだけ平等に接するようにしてくれた。兄に服を買えば、全く同じような服をもう一つ必ず私にも買った。おもちゃを買う分でも、びっくりカメラならびっくりカメラ、ヨーヨーならヨーヨー、必ず同じものを2つ買った。それでも自分は兄にできて自分にできないことは、自分がまだあんなふうにできないのが悪いのだ、と思って頑張って追いつこう追いつこうとした。
一方で当時の自分は知らなかったことだが、祖母と母はあまり仲が良くなかったようで、祖母と何かあると母はどちらかというと兄に当たったようだ。おそらく兄も当時はそんなことも知らなかったのだろうが、理不尽に怒られるというようなこともあったのだろう。しかし、そうして怒られながらでも成長していく兄を逆に私は目標にしていた。
本当は、兄の側からは多分違う景色が見えていたのだろうということは、最近になってわかってきたことだ。そして、多分母もそうだった。
何気なくそういうことを考えていて、家族の不思議を少し理解したような気がした。性格や体質がなんとなく似ているということもあるが、年代や力関係の流れから言っても、自分が祖母に似る必然性みたいなのがあったんだろうな、という気がした。自然というのはうまい具合にできているもので、ちゃんとそういう流れがうまく収まるように性格的割り当てもされているのだろう。