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データによる判断

例えば東洋ゴムの不正の問題。検査結果が不正に書き換えられ、品質にそぐわないものが出荷されていた。だけど、表に出る前に、本当は中の人は当然そのことに気が付いているはずだ。「ああ、いつもの通り、大体こんなふうにすればいいのね」「あいつら、多分あんなことしているんだろうな」とは必ず思っていると思う。

幽霊はいるか、というような問題。幽霊を見たことがありますか、というアンケート調査をいろいろな企業さんがユーザさんへの娯楽の一環として行っている。そうすると大体一定数の人は幽霊を見た、と言っている。それで私は「幽霊はこんなに多くの人が見ていると言っている」ということができるわけだが、それは言わば私やそのアンケートを見る多くの人々が幽霊を見ることができないから、問題になるわけだ。自分で幽霊が見えればそれでおしまいだし、自分の奥さんとか子供とか身近な人が幽霊が見えるなら、アンケート調査以前にもっと親しい形でその問題に向き合わなければならないだろう。

 

データが出てくれば、多くの人が納得することができる。しかし、それは多くの人に知らしめる、多くの人を納得させる、いわば広報のために必要なだけであって、中にいる人は本当はわかっているはずなのだ。

 

データによる判断は遅い。

我々はそれが当たり前になってきて、テレビに偉い人が出てきて、食品の調理法だとか栄養価だとか添加物だとかについて「新しい研究成果でこれこれこうであることが証明されました」みたいなことを聞くと、「ああ、そうなのか」と思ってそれを受け入れるのが当たり前になっている。

しかし、もっと「あ、これまずいな」とか「これ食べるとあんまり調子よくないな」とか「あの人こういう病気になったけど、こんなものばかり食べてる」とか、そういうことはもっと重視されてもいいと思う。

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