来年何が起こるか、ということを考えるとき、一つはマンデン、イベントチャートで起こりそうなことを見る。いま土星が山羊に入った。あるいは5月に天王星が牡牛に入る。だからこうなる。それですね。
しかし、個人個人を見ていると、別のものを見る。昭和50年代に生まれた人は、土星は蟹にある。そして1日の動きを一年に見立てて星を動かしていると、蟹の土星とは42歳でアスペクトを作るとか、そういうことをやっていくことになる。
まず、星の動きは365倍ゆっくりになっており、それのみならず、土星が蟹にあったという40年前の出来事がいまになって影響を及ぼすことになる。
あなたは今占星術の本を開いて「土星が山羊に入るときは・・・・なるほど、こんなことが起こるのか」と思っているかもしれない。それは、実際の天空では今年起こることのように見える。しかし、同時にそれは40年後、50年後に起こる出来事を表現しているのかもしれない。
我々は年運を見ることによって、いったい何をやっているのだろうか。
よくある説明は、年運、プログレッションは、生命体の中の体内時計だ、という説である。しかし、多分違うと思う。全く間違いだというわけではないけれども、それは結局「私」というものを尊大に考えている結果のように思える。
そうではなくて、多分、人間自体が、惑星の影響を地上に長期間とどめておく一種の装置なのだ。
ほら、一日で一番暑い時間は2時だというじゃないですか。天頂に太陽が来て一番日が照り付ける時間より後になる。なぜなら、空気や地面や水が暖まってそれを維持する時間が加味されるからだ。季節もそうだ。夏至の6月より8月のほうが暑くなる。地上には太陽から来たエネルギーがまっすぐ地面に反射して無限の宇宙空間にすぐさま放出されるのではなくて、大気や水や生命体があることによって、そのエネルギーは地表に蓄えられる仕組みがある。生命体は単なる物質的な反応なら燃料が燃え尽きればすぐなくなってしまうところを、ずっと何年にもわたって維持する能力がある。
それは、単にまっすぐ燃えるだけのエネルギーがそうなっているだけではなくて、いわば出来事についてもそうなっているのだ。
土星が山羊に入った。その影響は天空で起こって、まっすぐ地球の中を通り抜けてしまって、地球では2017年の12月にだけちょろっと影響があってその後はもう何もない、というわけではない。その影響は30年も40年もの長きにわたって法則の中にとどまり続ける。多分、人間、あるいは生命体というものは、わざわざそのために地上に配置されているのだ。
なんのために?
教会は今まで占星術を嫌ってきた。だが、要するにこれはオイコノミア、つまり神が被造物を神の元へ呼び戻す一つの法則的な根拠だと思う。教会の提供する世界観は完璧なのです。キリスト教がもし失敗したとするなら、それを受け取った人々があまりにも少ない材料の上にその建物を建てたということなのだと思うな。