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赤とんぼ

先日、ニュースで「22歳の男性が15歳の女性と交際して、性交するのでなくても、混浴のふろに入るのはありかなしか」みたいなのが出ていた。こういうのを出してくるのは、弁護士さん関係のニュースだったと思う。

 

コメント欄は賛否両論あったが、どちらかといえば否定的な意見が多かった。15歳の女性と交際は未成年でもあり、あり得ないというのである。さらに性交渉を持てば法律で犯罪者になってしまう。

しかし、童謡の「赤とんぼ」があるじゃないか。あれはどうなのだ?「15で姐やは嫁に行き」という歌詞ではないか。15で付き合って何が悪いというのだ?ほとんど国民的な童謡である「赤とんぼ」はそれほど古い歌なのか?

 

それで、少し調べてみようと思ったのである。

 

赤とんぼは三木露風作詞、山田耕筰作曲である。三木露風は1889年兵庫県竜野市の生まれで、この詩は1921年に発表された。三木は故郷の風景を歌ったわけだ。

Wikipediaによると「姐や」というのは実姉ではなく、子守奉公している女中さんのことであるらしい。つまり、三木は自分より少し上のお姐さんにおんぶされて、山の桑畑にいた。そのおんぶしてくれていた姐やがお嫁さんに行ってしまって、連絡がつかなくなった、といっているわけだ。

ということは、多分おんぶされて赤とんぼを見た時には1890年代初めで、ものごころつくまで姐やは彼と一緒に数年間一緒にいて、15で嫁に行った、つまり三木をおぶった姐やは10歳ごろに3、4歳ぐらいの三木をおんぶしたと考えるのが自然であるように思える。記憶がある分で2歳は少し小さすぎるような気がするのです。そして5年ほどしたら嫁に行ってしまった、みたいなことである。

およそ、100年前の常識で、この歌を聞いて日本人は「誰でも思い起こせる故郷の風景」として感動したわけだ。
しかし現代人にとってはツッコミどころがいろいろある。15で結婚するのはどうなのか。子守をしてくれた女性が15歳で嫁に行ったというのはどうなのか。

 

実際、私の母方の祖母が100年ほど前の生まれの人になるが、16歳で結婚している。母の兄弟は、一番上の子と一番下の子で20歳ぐらい違う。祖母と叔母の年の差より、その叔母と一番下の叔母の年の差のほうが大きい。

わたしの母は次女だったが、6歳下の妹をおぶって歩いていた。母も相当お手伝いというか、働いてきたらしい。牛の世話だとか草刈りだとか山行きだとか手伝わされたらしく、器用というのか、およそ百姓のエキスパートみたいな経験をしてきたらしいが、それでも小さい時は大人や少し大きい兄弟はみな農作業に駆り出される。下の妹の世話をするのは、まだ小さい上の妹の仕事になってしまうのだ。

また、私の世代でもまだ山に桑畑はあった。近所に養蚕をしている家があり、蚕に食べさせる桑の葉を用意しなければならないのだ。自分は桑の実取りをしたということはないけど、切った桑の木を運ぶ手伝いとかをさせられたことがあった。

 

そして赤とんぼ。いまは自分は田んぼの前で暮らしていて、コンバインではなくてちょっと手間暇かけて稲刈りをしているから、赤とんぼを目にする。これは変わっていないけれど、でも日本全体で誰でも見られる風景かというとそうではない。

 

そういうことでこの「赤とんぼ」の歌詞は、100年前には当然の風景だったのだ。そして、さらに自分が子供のころはまだ「50年前の風景」で済んでいたわけだが、いつのまにか「100年前」になってしまった。そして歌に歌われた風景のどれ一つとして見ることができない人が「普通の人」になっている。

少し不思議な気はします。こんなになにもかも変わってしまうものなのか。

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