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分類

私たちは分類をするので、あれはああである、これはこうであるということができる。

しかし、現代の学問での分類と古代の分類とはどうやら違うものであるようだ。今の学問では分類は大事にされていない。

 

私がそう思ったのは、人の性格の分類という考え方の違いである。

 

現代人は、分類をする際に、しきい値で判断する。

たとえば、170cm以上の人と170cm未満の人、だ。

170㎝以上で75kg以上の人は大きな人だ。170㎝以上で75kg未満なら痩せた人。170cm未満で75kg以上ならデブ。170cm未満、75kg未満は小さい人。こういう考え方しかない。168cmと162cmの人に違いはない。

複数の質問項目を用意して、10点以上ならこの人は自己中だ、10点いかならこの人は協調性がある、そういう考え方をする。

 

しかし、占星術、あるいは大雑把に言って占い、古代の考え方は違う。

牡羊座なのです。かに座なのです。さそり座です。一度わかりさえすれば、「彼は月が山羊にあるから」ということによって、コミュニケーションが成立する。どんな人なのかわかるのだ。占星術のシンボルは実に的確に人のあり方を表現できる。

しかし、この星座はどのように決められたのか?そこには何か我々の知らない隠れた法則性が前提されている。

 

思考がしきい値を用いて物事を分けるやり方では、2つにしか分けることができない。100以上はAだ。100未満はBだ。このようにしかわけられない。せいぜい、春分の前後だとか、2つ4つ8つにしかわけられないのだ。しかし、古代の法則では3から始まっている。思考は3つに分けるということができない。ホロスコープは12に分かれている。特別な知識がなければ、特別の法則性がなければ、科学的に12に分類することは不可能なのだ。

 

占いについて否定的な考え方をする人は、ほとんどの場合、分類という考え方自体を持っていない。人の性格が一定の法則性のもとに分類できるかもしれない、ということを頭ごなしに否定してかかっているのだ。一方で、女性たちは感性で持って、そうした分類が確かに存在していることを感じ取っている。だが理性的にそれを表現することができないのだ。

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